放浪記

前回更新から暫くの時間が経ってしまいましたが、マイペースに書きたい時に書いて行きますので宜しくお願いします。しかしながら大会戦記を書くモチベーションが湧かないので旅の話でも。

スイスのゾロトゥルンからフランスのリヨンへそしてそこからボルドーそしてイギリスのロンドンへ。ロンドンの話も書きたい所だけれども、それはまた気が向いた時に。


ほんの数年前までは日本人旅行者にも人気の国だったトルコ。しかし昨今では頻繁に起こるテロ、自国の政治的な問題、隣国のシリア等の問題やクルド人問題により遠くから見聞きするトルコは治安の悪化や国としての安定を失っている様に見える。ましてや僕がトルコに居た期間はイスラム教の断食月のラマザンのまっただ中。そして極めつけはイスタンブールへ飛ぶ前日にイスタンブール市内で爆破テロが起こった。

トルコにもフラットランドシーンが有る事は知っていた。しかしそこには言葉の壁もあり情報が入って来ない。フラットランド的に見たトルコは未知の部分が多く僕にとって魅力的な国だった。

イスタンブールに着いてまずは観光をかねてライディングスポット探し。しかしながら流石にラマザン中にチャリにガンガン乗るって言うのは気が引ける。異教徒の僕がわざわざラマザン中のイスラムの国に来て楽しそうにチャリ乗っていたら断食中の彼等の気分を害するのでは無いかと思い数日はライディングを自粛していた。前出の国の状況、そしてラマザン中と言う事も有ってか観光客はあまり居なかったのだが、やはりイスタンブールは観光都市。押し売りに近い物売り、呼び込み、詐欺師やスリなど金に目が眩んだハイエナな様な人間が沢山居る。チャリに乗ってない僕はただの外国人。小汚い格好はしているが観光客激減で飢えたハイエナからしたら格好の餌だ。そんな彼等の攻撃を軽くあしらいながら数日が経った頃SNSで僕がトルコに滞在している事を知ったトルコのBMXアソシエーションから突然の連絡が。彼等のアレンジのおかげで半分諦めていたイスタンブールとアダナのライダーと繋がる事が出来た。翌日僕は彼等に連絡を取りフラットライダーのアザットに会いに行くことにした。

アザットは色々なライディングスポットへ僕を連れて行ってくれた。その中の一つのライディングスポットはストリートチルドレンのたまり場となっている場所だった。普通なら格好の餌となるはずだが自転車に跨がるともうただのハイエナの餌では無い。僕が技をやると彼等は驚き、餌としてではない興味を示してくれる。素直な瞳で素直な反応で心を開いてくれる。彼らとコミュニケーションを取りながら彼らに向けてショーライディングを披露した。彼等は10歳に満たない位の子から15歳位の男の子達。印象的だったのが、その中の一番小さい子が僕のショーのお返しに自慢のバタフライナイフでトリックを見せてくれた事。ハイスキルだった事よりもあんな小さい子がナイフを携帯している事にショックを受けた。
彼らの境遇やバックグラウンドは知らないが知り合いかたが違ければそのナイフは僕に向いたかもしれない。別れの時僕らはハグをした。一瞬刺されるんじゃないかと言う思いが頭をよぎった。離れ際、彼が胸に手を当てて頭を下げ、敬意を表すポーズを僕に見せた後美しい笑顔を見せてくれた。僕も同じポーズを取った。手を当てた僕の胸の中はストリートで力強く生きる彼等への尊敬と彼を疑ってしまった心の痛みを感じていた。
イスタンブールのフラットライダーのアザットのおかげで沢山の人と繋がることができ、この地にも沢山の友人が出来た。

次の目的地はトルコで最大のフラットランドシーンが有ると言う都市アダナへ。
今回は出発前にアダナのライダーでトルコのナンバーワンライダーと言われているムーラットと連絡を取り合って居たので、アダナの空港に着くとムーラットそして彼の妻とサメットと言うライダーが僕の到着を待って居てくれた。

ムーラットはトルコ国内で唯一のプロとして活動しているライダーで彼とサメットで僕がアダナに滞在していた2週間、毎日の食事から何から何まで全てを世話してくれた。
トルコには以前レッドブルのショーでビッキーがイスタンブールを訪れたことが有ったそうで、その時に一緒にショーをしたムーラットがビッキーをアダナへと招待した事が有った。しかしビッキーはシリアとの国境とも近くアダナは危険だと判断しアダナへは来なかったそうだ。と言うわけで僕がアダナへ来た初めてのインターナショナルなライダーだと言われた。これは嬉しい。日本人ライダーで初めてとか初めての外国人ライダーとかそう言った称号は結構頂いているが、やっぱり冒険家ライダーとしては嬉しいものだ。
そしてシリアとの国境近くの街であるガジアンテップからユヌスとセルダーと言う2人のベテランライダーも僕に会うためにアダナへと来てくれた。

彼等のホスピタリティーは素晴らしく濃い時間を過ごす事が出来た。
ある日僕はひょんな事からアダナのストリートライダーの父親の法事に出席する事になった。法事の際は故人の親族から近所の人や友人知人に夕食が振舞われる。僕らがホールの中で食事をしているとストリートチルドレンと思しき子供達が食事の残りを恵んでもらおうと窓から顔を覗かせた。彼等はアジア人である僕に興味を持ち手を振ったり何かを言って笑って居た。
法事が終わり外へ出ると僕の所へ子供達が寄って来た。暫く彼等とコミニュケーションを取った後僕らはその場を離れ目の前のカフェでコーヒーを飲んでいた。子供達はまだホールの前で食事をせがんで居た。ホールから出て来た一人の男が、子供達を怒鳴りつけ追い払おうとするも子供達は動く気配が無い。数回彼が出て来ては怒鳴りを繰り返しそれでも動かない子供達。終いには子供達を蹴り上げその場から追い出した。この光景にはカルチャーショックの様な物を覚えた。そしてその後もこの様な場面に何度も出くわした。ムーラットやサメットがこの国におけるストリートチルドレンやクルド人、シリア難民の現状を僕に説明してくれた。ストリートチルドレンはまるで野犬の様に扱われて居た。初めて僕が野犬の多い南米に行った時に見た光景に似て居た。野犬も弱い人間を狙って攻撃を仕掛けてくる事が多々ある。彼等は弱みやビビりを感じ取る事が出来、弱みを見せたり逃げようとすると襲いかかって来る。犬が向かって来た時は慈悲心を見せたり引いてはダメだ戦わなくてはならない。
僕もこの地で暫くの時間を過ごしたら子供を蹴り上げる彼等の様に、南米で野犬と戦っていた様に子供達にアグレッシブな対応をする様になるのかと自分自身を想像し、悲しい気持ちになった。
 

そしてシリアとの国境付近の街ガジアンテップへ。
ガジアンテップは外務省から渡航禁止令も出ている危険地域とされている場所だ。実はこの街にも沢山のフラットライダーが居た。その中でも印象深かったのがセルダーと言うベテランライダーだ。彼は知能障害を抱えて居る。しかし彼は本当に陽気でひょうきん者で僕は彼の事が大好きになった。もともとファイスブックで彼とは繋がっていたが事情を知らずオンライン上だけで見る彼は変わり者と僕には映って居た。BMXは彼の人生の全てだ。上手く感情をコントロールする事の出来ない彼はBMX、フラットランドに対する愛が爆発してしまう事が多々ありそれがオンライン上で僕には変わり者として映って居たのだ。
彼は驚くべき伝説を持ったライダーだ。2015年彼はフラットアーク観戦の為に日本に来日した。セルダーは日本語はもちろん英語も全く話せない、知能障害を持った彼が航空券と幾らかの金、パスポート、BMXだけを持ち、一人で日本までやって来たので有る。英語も日本語も話さず大会の会場も分からなければホテルだって取って居なかった。空港の税関で捕まったりもしたが日本の空港から“フラットランド”“BMX”だけを言い続け、色々な人の助けを借り紆余曲折を経てフラットアークの会場までたどり着いたのだ。

この地でも僕はライダーや親切な人々のおかげで色々な事を学び忘れられない時を過ごす事が出来た。
素晴らしい思い出と共に僕はウクライナのリビブへと飛んだ。

 

リビブ到着の翌日嫌なニュースが飛び込んで来た。またしてもイスタンブールでテロが起きたのだ。そしてその数日後今度は軍部によるクーデターのニュース。僕は最初から最後まで世話をしてくれたアダナのライダー、サメットの顔が頭に浮かんだ。サメットは兵役を終えたばかりだったが、現在のトルコの状況を悲観し、一刻でも早く平穏を取り戻させたいとの願いで軍隊に戻る事を決意したと僕に話してくれて居たのだ。今頃彼はこの悲惨な状況の中で軍隊の中に居る。彼の夢はBMXを持って日本へ来る事だと言って居た。どうか国が平穏を取り戻し、いつの日か彼が日本に来日する時が来たら僕を助けてくれたお礼をさせて欲しい。トルコは素晴らしい国でした。