友と師匠

気が付けば自分自身BMX暦も長くなって今まで色んなライダーに会ってきました。世界の大会のシーンの最先端で活躍するライダーからオリジナルなこのカルチャーを作り上げたレジェンドや、めったに外には出ることは無いけれどスタイル、スキルをとんでもない所まで研ぎすますライダーまで。自分が若く無知でヘタクソだった頃は著名なライダー、上手いライダーに会うと緊張したものです。最近ではライダーや人と会って緊張するなんてことはほとんど無くなりました。今年の10月僕はカナダのサスカトゥーンに居ました。それを聞きつけた僕の師匠とも呼べるライダーがカルガリーから半日かけて車で遥々僕に会いに来てくれました。10年程前は毎日一緒に乗って、遊んで無茶して。彼に最後に会ったのは2009年のバンクーバーでした。


友人の家で彼を待つ間頭の中に色々な思いが駆け巡りました。そして後一時間くらいで到着すると言う彼からのメッセージを受け取った途端に心も身体もとてつもない緊張をしはじめそわそわビクビク。そして彼との再会の瞬間、喜びと共に何故だか涙がこぼれ落ちそうになり僕はそれを必死にこらえました。久しぶりに会った彼は40代になり、僕にとってあれほど大きな存在だった彼が筋肉が落ち昔よりも小さく見えました。度重なる事故、破天荒な生活、ハードなライディングによる度重なる怪我で彼はもうBMXに乗れない身体になっていました。僕が今まで出会って来たライダーの中でもフラットランドを本気で愛する彼は本物のライダーでした。破天荒な生活スタイルとは裏腹の美しいライディングスタイルとオリジナルな技を作りだす姿は世界中のライダーに影響を与え続けた特別なライダーでした。そんな再会から数日間、昔の様に共に時間を過ごしました。僕は嬉しかった。彼は変わっていませんでした。現在定職に付き生活も落ち着き経済的にも安定しているのですが相変わらず破天荒で格好良かった。

そしていつも僕の心を全て見透かしているかの様でした。とある夜、僕はサスカトゥーンに住む彼の彼女の叔母の家に招待されました。その叔母がテンションが高く良くしゃべる人でしかもその話が僕にとってはつまらなく、僕はただボーっとしていました。そんな時彼が僕に向かって一言”オイ、お前話聞かずに今技の事考えてたろ?”図星でした。

プロとして特別なライダーとして生きて来た彼はもう自転車に乗る事が出来ない、そして愛するBMXにも乗る事が出来ずに年老いて行く自分自身に絶望していました。

それでも彼は言いました。
”俺は特別な人間なんだ”
それを聞いた彼女が横で微笑みながら諭すように言いました。
”いいえ、あなたはもう特別な人間では無いの。目を覚ましなさい”

 


僕は未だにBMXに本気で乗っています。俗世間の事や金銭的な事全てをすっ飛ばして、本気でBMX、フラットランドと向き合っています。そんな僕に彼は師匠としてそして大事な友人として愛を込めてこんなアドバイスをしてくれました。
”今直ぐ日本へ帰れそしてフラットランドから手を引け。お前に俺の様な惨めな人生を歩んで欲しく無い”と
僕は彼のこの言葉が嬉しかった。でも僕は彼にこう言いました
”ありがとう。でも身も心カラカラになるまで進み続けるよ”と


 


貴方がBMXに乗れなくなったと僕に告げた数年前のあの日、貴方は僕に言いました。

”俺がBMXから離れたこの地点からお前が俺のビジョンの続きを描いてくれ”

だから僕は止まれません。僕ら2人のフラットランドはまだ完成していないのだから。誰になんと言われようと止まる事が出来ません。それが僕にとって永遠に特別な人コリーストラティチャックからの言葉だとしても。
師匠、そして大事な友である貴方へ
どうか健康で生き続けて下さい。そして僕が描くあの地点からのフラットランドを見届けてください。